夢というものは不思議だ。

こんにちは。

コウノです。

夢というものは不思議だ。

 夢というものは不思議だ。起きた瞬間は鮮明に覚えているのに、歯を磨いている頃には輪郭がぼやけ、昼過ぎには「何か変な夢を見た気がする」という感覚だけが残る。それでも時々、妙に現実味があり、起きてからもしばらく感情だけが残り続ける夢がある。最近見た夢は、まさにそんな夢だった。

 夢の始まりは、夕暮れの駅だった。見覚えのない駅なのに、なぜか「何度も来たことがある場所」だと感じていた。改札は古く、木の匂いが漂っている。電車の到着を知らせるアナウンスは聞こえるのに、ホームには人がほとんどいない。空はオレンジ色と紫色が混ざり合い、夏の終わりのような空気だった。

 私は手に小さな紙切れを持っていた。切符なのかメモなのか分からない。ただ、その紙を絶対になくしてはいけないと強く感じていた。夢の中では理由を理解していたはずなのに、起きた今ではその理由だけが思い出せない。

 ホームのベンチには、一人の老人が座っていた。白い帽子を被り、古いラジオを膝の上に置いている。老人はこちらを見て、ゆっくりと口を開いた。

「次の電車に乗り遅れると、戻れなくなるよ」

 その言葉を聞いた瞬間、胸がざわついた。戻れなくなるとはどこにだろう。家なのか、現実なのか、それとも別の場所なのか。夢の中の私は深く考える余裕もなく、ただ「急がなければ」と思っていた。

 遠くから電車の音が聞こえてくる。しかし、近づいてきた電車は普通の電車ではなかった。車体は古い銀色で、窓ガラスが少し曇っている。そして、車内には誰も乗っていないように見えた。

 扉が開く。

 私は迷いながらも乗り込んだ。

 車内は静かだった。静かすぎて、自分の呼吸の音だけがやけに大きく聞こえる。吊り革は揺れているのに、電車が本当に動いているのか分からない。窓の外を見ると、街並みがゆっくり流れていた。

 最初は普通の住宅街だった。コンビニ、信号機、自転車置き場。どこにでもありそうな景色。しかし、しばらくすると違和感が生まれる。

 人がいない。

 道路にも、公園にも、店の中にも誰もいない。車すら走っていない。街そのものが止まっているようだった。

 すると、向かい側の席にいつの間にか女の子が座っていた。年齢は小学生くらいだろうか。青いワンピースを着て、赤い靴を履いている。最初からそこにいたかのように自然に座っていた。

「その紙、まだ持ってる?」

 女の子は私の手元を見ながら言った。

 私は無言でうなずいた。

「それをなくしたら、ここから出られなくなるよ」

 また同じようなことを言う。私は少し怖くなり、「ここってどこなの?」と聞いた。しかし女の子は答えなかった。ただ窓の外を見つめている。

 外の景色は、さらに奇妙になっていた。

 建物はあるのに、すべてが少しずつ歪んでいる。時計の針は逆に回り、電柱は空に向かって曲がっている。まるで現実世界を誰かが曖昧な記憶だけで再現したような、不完全な街だった。

 急に電車が止まった。

 駅名標を見ると、「終点」とだけ書かれている。

 私は降りるべきか迷った。しかし、車内に残る方が危険な気がした。振り返ると、さっきまでいた女の子の姿は消えている。

 扉が閉まりそうになった瞬間、私は慌ててホームへ飛び降りた。

 その駅は、海の近くにあった。潮の匂いが強く、風が冷たい。空はすでに夜になっている。しかし不思議なことに、月が異様に大きかった。空いっぱいに浮かぶ白い月は、まるで地上を見下ろしている目のようだった。

 ホームには改札がなく、そのまま海辺へ続いていた。

 波の音だけが響いている。

 私は無意識に海へ向かって歩いていた。砂浜に着くと、一艘の小さなボートがあった。古びた木製のボートで、ロープもつながれていない。それなのに波に流されることなく、静かにそこに浮かんでいる。

 ボートの中には、一冊のノートが置かれていた。

 私は恐る恐る開いてみた。

 そこには、知らないはずの自分の日記が書かれていた。

「今日は駅へ行った」 「また同じ夢を見た」 「次こそ戻れる気がする」

 文字は確かに自分の筆跡だった。

 ページをめくるたびに、胸の奥が冷えていく。

 最後のページには、たった一文だけが書かれていた。

「紙をなくした時、全部忘れる」

 その瞬間、強い風が吹いた。

 手に持っていた紙切れが宙に舞う。

 私は必死に掴もうとした。しかし、指先に触れた瞬間、紙は海へ落ちてしまった。

 同時に、世界が崩れ始めた。

 空の月がひび割れ、街の灯りが消え、波の音が遠ざかる。立っていられないほどの揺れが続く。

 そして、誰かの声が聞こえた。

「思い出せなくなる前に、起きて」

 次の瞬間、私は目を覚ました。

 朝だった。

 カーテンの隙間から光が差し込み、スマホのアラームが鳴っている。いつもの部屋。いつもの天井。夢だったのだと理解した瞬間、安心感よりも奇妙な喪失感が先にきた。

 私はしばらくベッドの上で動けなかった。

 あの夢には、何か意味があった気がしたからだ。

 もちろん、夢に深い意味なんてないのかもしれない。ただ脳が記憶や感情を整理する過程で、適当に映像を作り出しているだけだとも言われている。それでも、人は夢に意味を探したくなる。

 特に今回の夢は、妙に現実感が強かった。

 駅の空気、潮の匂い、風の冷たさ。細部まで鮮明だった。夢の中で感じた不安や焦りまで、起きた後もしばらく残っていた。

 考えてみれば、最近の私は少し疲れていたのかもしれない。

 仕事や人間関係、将来への不安。毎日忙しく過ごしていると、自分でも気づかないうちに心の奥にストレスが溜まっていく。そして夢は、そうした感情を別の形で映し出す。

 「戻れなくなる」という言葉も、どこか今の自分に重なる気がした。

 年齢を重ねるにつれて、選択肢は少しずつ減っていく。学生時代のように簡単にやり直せるわけではない。仕事を選び、人間関係を築き、毎日の積み重ねで人生は形になっていく。

 だからこそ、人は時々不安になる。

 この道で合っているのか。

 本当に進みたい方向へ向かっているのか。

 夢の中で私は、必死に「戻る方法」を探していた。もしかするとそれは、過去へ戻りたいという意味ではなく、「自分らしさ」を失いたくないという気持ちだったのかもしれない。

 あの紙切れは、自分にとって大切な何かの象徴だったのではないだろうか。

 目標、記憶、初心、あるいは誰かとの約束。

 人は忙しくなるほど、大切なものを後回しにしてしまう。そして気づいた頃には、何を大事にしていたのか分からなくなる。

 夢の最後で紙をなくした瞬間、世界が崩れた。

 あれは「大切なものを失う怖さ」だったのかもしれない。

 ただ、不思議なことに、その夢は怖いだけではなかった。

 どこか懐かしく、静かで、美しかった。

 夕暮れの駅も、誰もいない街も、月に照らされた海も、まるで一本の映画のようだった。夢の内容だけを見れば不気味なのに、なぜか嫌な気持ちは残らなかった。

 むしろ、「またあの場所へ行ってみたい」とさえ思っている自分がいる。

 人間は不思議だ。

 現実では避けたい不安や恐怖も、夢の中ではどこか魅力的に感じることがある。もしかすると夢とは、現実では触れられない感情と向き合うための場所なのかもしれない。

 今でも時々、あの夢を思い出す。

 駅のホームにいた老人。

 電車の中の女の子。

 海辺のボート。

 そして、失くしてしまった紙切れ。

 もしまた同じ夢を見たら、今度は紙を落とさないようにしたい。

 そして、あの「終点」の先に何があるのかを、少しだけ見てみたいと思う。

 夢は結局、現実には存在しない。

 けれど、夢の中で感じた感情だけは本物だ。

 だからこそ人は、忘れてしまうと分かっていても、夢を語りたくなるのだと思う。


読んでいただいてありがとうございました
それでは引き続き頑張っていきましょう。

ではまた

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